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つつじの恋人 ~LOVE AFFAIR~


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 大きく開いたつつじを一輪、そォっとつまんで緑のがくをひっぱると中のしべがくっついて出てくる。それを捨てて、残った漏斗の底を口に含んでなめてみた。青臭いような奇妙な中に、下に溶け出す甘味がある。
 これが私たちの恋の味かななんぞとひとりで考え、ひとりでくつくつ笑ってみる。そんなことをしているうちに、ほら、あの人の背中はあんな遠くまで歩いていってしまった。コートを抱えて私は追いつこうと走り出す。さっきのつつじをまだくわえたまんま…


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 目黒の家の庭先に、つつじの茂みがたくさんあった。満開の花の後ろに隠れて、かくれんぼうの鬼がみつけにくるのを、胸をどきどきさせながら待っていた私。
 あんまり捜しに来ないから、もしや忘れられちゃったのじゃないかと心配になり、困りきって見上げた空が真っ青。ひるがえる隣の家の鯉のぼり。
 待ちくたびれて、そおっとつつじの間から顔を出すと かち合った目と目。鬼のクニ子ちゃんがかん高く叫ぶ。
「しのぶちゃん、みぃつけたあ!」
 ふしょうぶしょう出て行くと、縁側の座布団の上の良ちゃんが大真面目に私を見る。
「駄目だぞ、しのぶ。顔なんぞ出すから見つかるんだ」
 私はあかんべをしてみせて、もうすでにみつかってしまってるみんなの方へ駆けて行く。
 日の当たる縁側では、丹前の父さんと学生服の良ちゃんの話がはずんでる。
 良ちゃん、16歳。私、7歳。
 日は5月 つつじの頃。

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 6月の朝は霧。アヤメ平は一面真っ白い海の底。私の髪がぐっしょり濡れて、しずくはあごを伝ってくる。丸太を割ってつなげた2列の道は、湿地の上に長々と伸びているのだけど、今の私たちは前後を霧で区切られて、行く先も元きた方もまったくの無。木の下を通る時、枝にひっかかったりすると、葉にたまった水がざあっと頭に降ってくる。
「霧なんて、ロマンチックとばかり言ってられないね」
「当たり前だよ。山ん中で迷ってみろ。五里霧中っていう言葉の意味を身をもって体験できるから」
 いやなこったとザックをゆりあげて、私はまた歩き出す。高校合格のお祝いに、無理を言って連れてきてもらったんだ、尾瀬ヶ原。
 その午後に私たちは見た。ひかりあふれる湿原のそちこちに、燃え立つように群れている紅い花々。
「レンゲツツジだ」
 わあと言ったきり、声もなく見とれてる私の背中に良ちゃんの声。振り返らなくたってどんな顔してるかすぐわかる。なくなっちゃいそうに目を細め、おとくいの人なつっこい笑い顔してるに違いないんだ。
 せせらぎにはサンショウウオの仔や、名も知らない魚。大小さまざまの池沼に映ってる白い雲。
 ひうち岳に背を向けて、私たちはまた歩き出す。
 良ちゃん、24歳。私、15歳。
 日差しの明るい7月。尾瀬はつつじの頃。

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 タイムカードを押して一歩外に出ると、外は今にも泣き出しそうな曇り空。土曜日のむなしい午後をどう埋めようとゆっくり歩いていくと、角の銀杏の木の下に立っていた男の人が、やわらかい目で私を見た。私はすっかり驚いて、東京にいるはずのない従兄のもとへ駆け寄った。
 どうして、と問いかけるのに、他の人の仕事をぶんどって出張してきたんだと、良ちゃんは笑った。
 私の失恋の手紙が、そんなに良ちゃんを心配させてたなんて。京都からわざわざとんで来るほども…よけいな心配させないように、私は書いたつもりだったんだのに。
 私たちは長いこと黙って、並んで歩いた。いろんな話したいことがあって、聞いてもらいたい愚痴があって、聞きたいこともあったのだけど。黙って歩く時間がなぜだかとてもなつかしくて、いつまでもそうしていたかったから。

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 私の胸にテープレコーダーが一台しまってあって、大事な言葉がおさまっている。
「本当に、あたしでいいの」
「しのぶが、いいのさ」
というやりとりが、大切に大切におさめられている。
 踏んできた玉砂利でおニューの靴を真っ白にして、良ちゃんはそう言ったんだ。私のこと泣かそうと思ってさ。計画が図にあたり、負けん気が強くて人前で涙を出したりしたことのないはずの私はほろほろと泣いたんだ。
 9つ違いの良ちゃんは、私にとって、従兄で、兄さんで、父さんで…ものわかりのいい叔父貴のようなものだったから、私はいつも平気で甘え、平気で心配かけてきた。その良ちゃんが私のことを、従妹でも、妹でも、娘でもなしに、ひとりの女として見ててくれていたのなら、これからの長い道のり、一緒に歩いてみようと言ってくれるのなら、今、この涙をふいて、私はその心に応えなきゃいけない。むら気で欠点の多い私を、良ちゃんはその欠点ごと抱き取ってくれるつもりなのだもの。
 しわくちゃの、でも真っ白いハンカチが私の前に差し出される。私は黙ってそれをとる。良ちゃんの紺のスーツの肩越しに、紅い色がぼやけて、にじんで…あの花はなんという名だったかしら…そうよ。オオムラサキ。広い胸に身体をあずけ、私は目をつむる。まぶたの裏に、まだうつる紅い花のいろ。
 良ちゃん、31歳。私22歳。
 風のある4月。つつじの頃。

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 つつじの季節の終わりとともに、私たちの恋愛事件も幕をとじる。いつだって私、物語はハッピイ・エンドが…好き。 

                              FINE

special thanks!
<4枚目のレンゲツツジ、ねこじゃらしさんのお撮りになった写真を使わせていただきました>
It's new!
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by pleiad-subaru3 | 2006-05-23 01:29 | 小さい物語